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ろう者に聞こえた「津波警報」

2011年5月5日  この記事をTwitterでつぶやく

宮城県南三陸町は、3月11日の津波で甚大な被害がありました。

この地区は、チリ地震の際にも大きな被害があり、津波の防災意識が高かった地域です。

しかしながら、今回は予想を遙かに超える大津波。震災直後は、約1万名の消息不明の報道がありました。


沢山の方が被害にあわれたこの地区の防災放送。
津波警報のアナウンスをされていた女性が津波にのみ込まれ亡くなられました。

大変ショッキングニュースとして放送されていました。


僕は、もともとMCとカメラマンの仕事をしていました。
結婚式やパーティの司会を約10年ほど、その時の屋号がプラスヴォイスです。


約1000件の司会の仕事の中で、最悪の司会がろう者の結婚式を担当したことでした。
会を司る司会者。僕の声は列席者の皆さんに通じません。


それから、手話の勉強が始まりました。
自分の言葉を聞こえない方々に届ける役割。以来15年の歳月を重ねました。


今日は、自分の運命を感じる、そして初心に返る一日でした。

新潟県の中越地震の後、宮城県では大地震が近いうちに来ると言われていました。
ろうあ協会、難聴協会の方々、そして聴覚障がい者に関わる関係者とその対策が検討されていました。

僕の生活圏は、海からは離れていて津波に対する認識はあまりもてていませんでした。

防災放送・津波警報が聞こえない方々に対する対策が検討された際にも、これ程の大津波は想定していませんでしたし、正直、防災意識も薄れていたかもしれません。

津波を知らせる警報装置もあります。
しかしその警報装置が近くに無ければ意味がない。携帯電話のメールも同じ事。
津波の発生時は、近くにいる健聴者が聞こえない人がいることを認識し、かならず情報を伝える仕組みと社会作りが大事と考えていました。


聴覚障がい者の方々の生活をIT技術を活用して、生活の質の向上を提案する仕事として起業し、
2005年から、カメラマンとしての経験を生かし、障がい者の就労事業「スポーツフォトライブラリー:通称スポフォト」を立ち上げました。


IT福祉事業と、メディア事業まったく別の性質の業務も僕の中では「聴覚障がい者」「手話」というキーワードで繋がっていました。
15年の歳月の中では、メディア事業部立ち上げに反対する者もいました。


今日の出会いは、僕の歩んできた道が間違いではなく、その使命と役割を再認識させられる出来事でした。


カメラマン三浦として、南三陸町の渡辺さんと出会ったのは3年前の高校野球の撮影。
渡辺さんの息子さんは現在、全壊した気仙沼向洋高校の野球部の3年生。


震災直後から、気仙沼や南三陸町の様子を伺っていました。


そして昨日、渡辺さんから防災放送のアナウンスをされた女性、未希さんの遺体が発見されたことを伺いました。
全国的なニュースになった未希さんの勇敢な最後。
マスコミをシャットアウトして行われた葬儀の中、唯一カメラマンとして立ち会わせて頂きました。


MCをしていた僕が、カメラマンとして勇敢なアナウンスをした女性の葬儀に立ち会う。
そして、その防災アナウンスを聞こえない方に届ける仕事をしている立場。


正直、違和感と不思議を感じながら葬儀に向かいました。

小さな湾を一望できる高台のお寺に着くと、そこには僕が尊敬する手話通訳士の半澤先生がいらっしゃいました。
半澤先生は 、仙台の専門学校で手話を教えていらっしゃいます。
いつも穏やかで、私たちの活動を支援してくださっている方。

まさか、ここで出会うはずもない方。

お話しを伺うと、未希さんとご主人は半沢先生の手話の教え子でした。

本当に想像もしなかった出会い。
耳の不自由な方に聞こえない防災放送をしていた未希さんが手話を学んでいた。

想像もしなかった出来事に、鳥肌がたち、涙があふれてきました。

今、僕はコミュニティ放送に対し、聞こえない方にも届けなければならない情報であることを伝える活動をしています。

・ラジオの音声を文字に変えて、聞こえない人に届けること。
そして
・ ラジオを通じて、「この情報は、耳の不自由な方には届きません。お近くにいる耳の不自由な方には必ずお伝えください」というMCを入れてもらう呼びかけをしています。

これまで訪問したコミュニティFM放送局、災害FMの放送局の方々は、僕の話を良く理解してくれています。

耳の不自由な方には情報が届かないと言う、当たり前の事を健聴者がきちんと認識を持つこと。
これが一番の防災対策と考えていました。

名誉の死を遂げた未希さんは、手話を真剣に学んでいた方でした。

ろう者には、未希さんのアナウンスは聞こえなかったかもしれません。

でも、ろう者に届けたかったはず。

防災放送が、聞こえない人に届くように話す事。

IT、ICTの技術だけではない一人一人の思いの大切さを再認識することが出来ました。

今日の僕におきた不思議な出来事、そして未希さんとの運命的な出会いに、自分の「使命」を強く感じました。

未希さんに心から感謝します。

そしてご冥福をお祈りするとともに、

未希さんのアナウンスは、ろう者に聞こえていた事を伝えます。

コメント / トラックバック1件

  1. 前川修寛 より:

    マスコミに出ない貴重な話を書いてくださってありがとうございます。
    マスコミで報道されましたが、最後まで避難を呼びかけていた話は知られていますが、こういった話もあったのですね。
    祈る事しかできませんが、彼女の魂に平穏と安らぎ、そして癒やしがありますように。